半端な言葉を書き殴る。


by kodomoking
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カテゴリ:etc( 6 )

世の中の決め事や、常識、大衆の流れなどは。 そのほとんどが。
一般的な事象や、大雑把な把握を基に創造されている。

以前にも、同じ様な記述をしたが。

一般論とは、その事象における全てを含むわけではなく、必ず例外が存在する。



現在。
表面に顔を出した矛盾や問題の、そのほとんどは。
一般論や一部の正論のみによって固められた、常識や決まりごと、その世の中と。
その雑多な次元を無視した、一般論を難なく飲み込んでしまった、多くの世論によって、必然的に生み出された蟠りである。

と。
僕は、そう考えている。

しかし、この文章もまた僕の中の一般論であり。

今後の社会には。
様々な事象や立場、思想、表現。
その全てを一緒くたに考えて答えを出す傾向を控え。
雑多に存在する全ての事象に関する答えをまとめた答えを模索していくことが重要だと思う。







■年始に見た映画

The Brown Bunny -Vincent Gallo
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孤独を嫌いつつも、信頼も互いに持ち得ない多くの人は、きっと。信じた後の、「裏切り」や「失うこと」に対する恐れからそれ以上踏み込めないのだろう。しかし、恐れも含めた、人間の忘れてはいけない心の中には美しい世界が在る。

誰も知らない -是枝 裕和
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核家族化が進み、大人の目が行渡らなくなると同時に、ピーターパンが増殖した現代において、必然的に起きた事件が基となる。漫画や評論、絵画や彫刻、音楽など、様々な表現では主張できない現実とは思えない極自然な現実が表現され、映画の意義を一つ垣間見た。

パッチギ! -井筒 和幸
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長い時を得て、複雑に絡み合った問題と。歴史を踏まえた上ではどうすることも出来ない、現在の世代が、昔から学ばなければ、昔を知らなくてはいかんのだが。その恨みや争いを引き継いでも解決はないという現実。その解決には、結局、今目の前にある問題を取り組んでいくしかないわけだ。

Schindler's List -Steven Allan Spielberg
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世の中には、他に身を任せるものと、他を動かすものが存在し。後者の力は、欲や人間的な感情から逃れた負のパワーも持ち得る。しかし、前に進む力もそこには存在し。思想と経営は別次元の問題だが、その矛盾や葛藤から逃れず戦うこともまた、魅かれる何かを持つ。動かす側も所詮は人間。傑作。

THE MOTORCYCLE DIARIES -Walter Salles
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革命家で有名なゲバラの原点となる若い頃の旅を取り上げた作品。ゲバラが後に何を成したかは有名であり、その点に着目すると、結果の凄さ等が際立つが。何故、という部分が全てにおいて重要であって、あくまで、直接的ではないが、人が強い衝動と行動を起こす起点には、見る側の視野と、社会の二点が結びつく。

STONED: The Original Rolling Stone -Steve Woolley
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流れることない才能と流れ続ける世情。この手の作品には珍しく、ストーリから何から良くできていた。内容は興味ないが、ストーンズというカリスマを産んだ、真実のカリスマは強く弱く一人の男。



年始に見た作品はこの他、10本近いが。
機会があれば、また、追記することにする。
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by kodomoking | 2008-01-28 02:36 | etc

2007 + 自慰

今年ももうすぐ終わり、新しい年が来る。

2007という年は、一言で言うならば。
『時間を贅沢に使った年』 だった。

本来ならば素通りする点で立ち止まり。
悩む必要性のない点で悩みもがいた。

一つ一つの行動。 例えば、「思いやり」という行動に対して様々なアプローチを仕掛け。
対人の反応とその結果や効果を観察した。

嫌われることを恐れず、最終的に相手のためになれば、と、あくまで結果主義的な行動を心掛けた。



この一年が、正しかったか誤りであったか。  良かったか悪かったか。
そんなことは、誰もわかりはしないだろうが、間違いなく僕の人生の中の2007だった。






2007 -最重要アルバム


Radiohead -In Rainbows
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THA BLUE HERB -Life Story
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Shackelton/Appleblim -Soundboy Punishments
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Blue King Brown -Stand Up
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Bad Brains -Build A Nation
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Baroness -Red Album
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Zina -Zina
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The Beastie Boys -The Mix-Up
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Map Of Africa -Map Of Africa
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Raised Fist -Sound Of The Republic
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Teenage Bad Girl -Cocotte
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2007 -お気に入り記事

Beautiful World + カリスマ性
http://kodomoking.exblog.jp/7249912/

sp自論mix
http://kodomoking.exblog.jp/7412394/

THA BLUE HERB + 男気
http://kodomoking.exblog.jp/7552674/

やりたいこと + subculture
http://kodomoking.exblog.jp/7821152/



アルバムは発売日が2007であることより、僕が鑑賞した時を基準にしています。

ブログに関しては、やっぱ自慰的な含みが強いという感想です。 ただし、僕はその点を好んでいます。



良いお年を。
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by kodomoking | 2007-12-31 14:32 | etc

book + image

最近、読書の時間を多めにとっている。

もっぱら、読む分野は学問的なものが多い。


理由というか、何故そういった本を好んで読むのか。 考えた。

一つは、「新たな知識の発見」。
学者が掘り下した知識やものの見方。 そのプロセスと、僕の人生観はどこかでリンクすることが多い。

一つは、「視野の拡大」。
学者という、モノゴトの見方ではビジネスは成り立たない場合が多いと思う。
しかし、彼等の見方を客観的に見ることで、モノゴトのアプローチ方法が増すようだ。


では何故、他の本ではダメなのか。

有名人や著名人や専門家の記した本を読むことで、新たな発見や感動はほぼ無い。
そこにあるのは、共感だったり、僕の中にすでに存在するものだ。
共感による胸の高鳴りはまったく必要とは思わず。
むしろ、その分野に特化した人間の考えが、僕自身の中から、真っ白な状態から生み出すことのできた理論と重なると、所詮、彼等の経験も、俺の想像上の範囲内に含まれる。

僕の頭の中で広がる宇宙に信用が持てる反面、世の中にがっかりしてしまう。

 
考えたことのない世界はいったいどこだ。





知識でなく。
学問の根本が僕の何かとリンクするのを、今は強く感じる。



この時期を越えると、僕は文字表現として、小説や古文等の分野にやっと辿り着く気がする。





世間に認められた人間は、僕に自信以外の何をもたらしてくれるのか。
今はまだ、全くわからない。

本当に彼等は凄いのだろうか。



生物と無生物の間 -福岡伸一
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経済ってそういうことだったのか会議 -佐藤雅彦 竹中平蔵
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時間はどこで生まれるのか -橋元淳一郎
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by kodomoking | 2007-10-25 16:21 | etc

nhk + 爆問学問

「爆笑問題のニッポンの教養」 は、僕の好きなTV番組の一つだ。

太田光が、知識人に対して放つ、幼稚で、しかし、核心的な質問に魅かれてしまう。


最近、放送された、「爆笑問題vs慶応義塾大学 編」。

太田から放出された、言葉。
「日本のため、社会のため、団体のためという学びの形態ではなく、
 個の幸せを追求した形態の学問はないのか。 もしくは、そういった形で学問を教えることはないのか。」
上記の様な内容の言葉が、未だ脳裏を霞める。

「社会があってこその個。 社会の中で生きる以上、このことは大前提。」
、と、即座に否定された質問ではあったが。
僕には、アプローチの違いこそあれ、到達点が同じであれば、内容も同様である気がした。

つまり、
「個があってこその社会。 個々が開かれてこそ、社会は成熟する。」 とも考えれないだろうか。




競争社会に、放り出される温室育ちの僕ちゃん達。

その環境で、幸せを掴むこと。
すなわち、その環境を把握し、その上で、与えられた個として生きること。



僕は、そんなことを考えると、虚しくて、切なくて、意味が解らなくなる。


だから、太田光が放出した言葉は、個々の可能性を探ること。
「社会の中で、与えられる個の限界地を探る試みという学問」 という意味で、非常に魅かれる内容であった。





そもそも、
人間という生物も、生存競争を乗り越えてきた生物であり。
僕等の中には、『競争』が刷り込まれている。

しかし、
現代社会は、格差こそ広がっている様でいて、グローバルな話題では、格差が狭まっている。

皆平等に。



どうやら、
僕等の心の仕組みと、社会の仕組みはズレてきている様だ。
という話し。





少し、話しはズレて。
星野監督が、「日の丸のため。 夢を与えるため。 そのことを第一とする選手を集めた。」と語るが。

まったく共感できない話で。

選手は、本心、自分自身のためにプレーするだろう。 自分を売るための職場だから。
国民は、本心、勝とうが負けようが、あまり関係ない。 一つの楽しみ、娯楽だから。

分を弁えず。
ここでのプレーは国民の夢になるというウソを責任感なく発することは、極めて危険だ。

ナショナリズムに関して、何か意見があるわけではないが。

他人に夢を見る様な人間の大半は、自分に自信の持てるまで、追い詰められたことも、這い上がったこともない、いうなれば、楽するために生まれ、消費していく人間。
彼等に夢を与えることは、自信をつけさすことは、新たな努力を刈る行為にもなる。

と思う。





爆笑問題 -爆笑問題のニッポンの教養
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by kodomoking | 2007-10-15 05:06 | etc
前回の続きでも記する。


言わんとする所を忘れたので、改めて記する。




もののけ姫 と ゲド戦記で何が一番明暗を分けたか。 俺の中で。
それは、選択した戦の土俵の違いだと思う。


どちらも、何か思う所が有。  伝えたいメッセージの様なものが有。
表現したいものが有。  勝負をしたのだと思ふ。

しかし、
「アニメ」 という土俵は同じだ。



両者において、どの様な環境、チーム、考え、作戦、方向性、表現を練り上げても、
結局、最終的な落しどころ、
この場合は、『アニメーション』、での勝負ができなければ、
その点で、研ぎ澄ませなければ、
全ての苦労、努力の意味は無。  それに等しい。

と、俺は思うのだ。




玄人向け・素人向け。  若い人向け・中高年向け。
深い表現・浅い表現。  明るい・暗い。  解りやすい・にくい。

なんでもいい。


宮崎駿は、考えの表現、まとめ方がうまい。  以上に、アニメーションのprofessional。





俺は基本的に、ヴィジュアル系という奴等が、苦手だ。

俺の理解が及ばないためかも知れない。
確かに、「音楽に視覚の刺激もプラスした」というのは、新しかったのかもしれんかもしれん。

ただし、彼等の勝負の土俵は、『音楽』だろう。
彼等はパフォーマーのプロという意識なのだろうか?
それでも、やはり、音楽の勝負は必要だろう。




そういった理由で、俺は、「オレンジレンジ」も「ラルク」も「クレバ」も。
どうしても好きになれん。

彼等をヴィジュアル系なんて言ったら、俺は敵を増やすのかな。

まぁ、言われても仕方ない。  
そして、本人等も、その辺の非難は覚悟の上のスタンスのはずだ。




それほど、一点勝負のprofessional志向という生き方は難しく。 一般人には理解し難い。
らしい。

俺も、そのパンピーだろ。



しかし、魅了されるモノは必ずそうだ。



話しは、少し戻って。

Kiss や New York Dolls や Iggy Pop こそ真の、そして元祖visial系と言う音のプロではないだろうか。



Kiss -Dressed to Kill
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New York Dolls -New York Dolls
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Iggy Pop and The Stooges -The Stooges
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by kodomoking | 2007-09-28 02:19 | etc

ゲド戦記 + professional

今日は『宮崎駿』 と 『職』 について何か書こうと思う。


さてさて、
最近、スタジオジブリの『ゲド戦記』を拝見しまして。

詳しい内容は見ればいいし、感想も個々それぞれだろうから、
今回は搾って記しよう。




まず、簡潔に感想を述べるなら、「つまらなかった。」の一言に尽きる。

ストーリー、キャラクター設定、バックグラウンド、オチ、音楽、声優・・・etc。
原因を挙げればキリがなか。


ので、「アニメーション」 と 「演出」 という二点に搾って説明したい。



話しは変わるが、

料理屋で、
メチャクチャ美味しい飯が、メチャクチャ良いタイミングで、メチャクチャ綺麗な盛り付けで。
テーブルに出てきたらどうだろうか。

きっと、魅かれるだろう。



もし、全てが整った中で、肝心の飯がまずかったら?
もし、腹いっぱいになった状態で、メインデッシュが出てきたら?



ゲド戦記にいえるのは正にその様なところだろ。


コンセプト・テーマは面白い。
共感 や 考えさせられる部分はいくつか存在する。

しかし、肝心のアニメーションがズタボロ。(特に、終盤)
ジブリからの映画作品として世の中に排出するには完成度が低すぎる様だ。



俺の大好きな、『もののけ姫』と比べれば一目瞭然だろ。



例えば、
せっかくのカッコいいキャラも、馬とのバランスが悪ければ、非常にかっこ悪い。
例えば、
せっかくの重要度の高い場面も、それまでがゼロなら昇ってもゼロだ。


そして、
最も気になる点が、

アニメとは、「バックの動かない背景」 と 「動くアニメーション」から出来ている。 と思うが。

その境界線が曖昧になればなるほど、完成度の高いアニメだと思う。



もののけ姫はその境界が極めて曖昧な作品だ。 と思う。
ゲド戦記は極めてハッキリしたアニメだ。

次に動く背景がわかるから、次の展開もわかる。

アニメーションのプロとしては最低レベルの心使いではないだろうか。 と思う。





どうやら、『ゲド戦記』 は宮崎駿の長男、宮崎五郎の初監督作品の様だ。
何も全否定しているわけではない。

ただ、アニメ作品として。  ジブリ作品として。

その他の作品のクオリティーに到底及ぶものではない。 と言いたい。 わけだ。


もののけ姫を見てみよう。
話しの内容、キャラ、演出・・・などは置いて見ても。
1カット毎のアニメーションだけで、感動し楽しめるじゃないか。



そう、どんなに、
雰囲気が良くて、接客が良くて、気配りが良い料理屋でも、
飯が不味けりゃ、話しにならんわけだ。






だから、
アニメを作る上で、
どんなにリーダーシップが優れていても、発想が突き抜けていても、
アニメーションを最高値まで上げれなければ、結局は、努力も無駄。


ゲド戦記になくて、もののけ姫にあるもの。

一枚一枚のアニメに賭けた、プライドとこだわり。
アニメーターとしての日本屈指のプロフェッショナルが、宮崎駿にはある。 気がした。


最後に、ゲド戦記に関して、「スタジオジブリにしては・・・」という言葉を付け足しておこう。


話しが長くなった。
続きは、そのうち書く。





もののけ姫
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ゲド戦記
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by kodomoking | 2007-09-22 07:10 | etc