半端な言葉を書き殴る。


by kodomoking
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カテゴリ:Jazz( 2 )

消費者 + Tenorio Jr.

プロフェッショナルとは。
消費者の価値観より高い価値観を消費者の目線で提供し、感動を与え得る人を指すと思っている。

ビジネスにおけるプロフェッショナルの場合。
もちろん、その感動(プロから得たワンランク上の価値観)が付加価値となり。
+αの金銭が発生し、消費者も文句なくその価格に満足する。
プロの仕事とは業種を問わず、そういうものらしい。



大量生産・大量消費の一昔前とは大きく異なり。
現代は消費者が価格を決定する時代になった。
消費者の価格設定に追いつけない企業は、次々と消え去り。
求められるようになったのは。
「①価格に適応した企業システム」と「②プロフェッショナル」だ。

消費者の価格で商売を行っても利益を得ることのできるシステムとは。
企業にとって、無駄なコスト・無駄な人間は徹底的に省くこと。
属人性を排除し、利益の元締め(元請)になるための仕組み。

冒頭に記載。
しかし、企業活動において、手っ取り早く顧客を魅了するのは、圧倒的な「スキル」である。
「スキル」には、必要とされる場が確保されており、キャリアのためにも、ビジネスマンは無我夢中でスキルを身につける。
スキルを持たないプロは存在しないと信じられているように感じる。

つまり、消費者が価格を決めることで。
企業は、個人に無理を強いて、無能を切り捨てると共に、重要なのはマーケットの上流を陣取ることのみである。
また。
個人は自らの指す道がスキルによって決定し、資本が集まる場所に自然と集合する。
スキル取得合戦に敗れた者達は、下請けに回っていくのみである。


ここで重要なことは。
消費者の大多数は労働者であり。
自らの欲と贅沢思考が、自らの仕事への情熱を奪う結果となっている点だ。

人々がお金とモノにココロを支配され、欲を追い求めた結果。
価格の上と下に別れ。
上はより贅沢な消費者となり。(プロを求める消費者であり、スキル主義の労働者)
下はより価格の低さを求める消費者となり。(コストパフォーマンスを求める消費者であり、企業システムに翻弄される労働者)
労働者である自らを追い詰め続けているように思う。



資本主義社会は、より大きいマーケットを求めて、より大きい企業をつくり。
より大きな街には、より多くの半端人が集まり。
なんとなく、モノを消費し続けてきた。
しかし、巨大な組織の安定神話も、個人の理想も崩壊し始めた現代。
自分の好きなことを、好きな相手に確実に提供してある程度の報酬をもらうという。
一昔前のマーケット規模を個々で創ることが幸せの近道ではないだろうか。

どう転んでも勉強と努力が欠かせないならば。
「スキル」よりも「好き」に限るのでは??



Embalo -Tenorio Jr.
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60年代ジャズ・サンバの名盤。
現代のクラブジャズシーンなどに大きな影響を与えているが、本家本元の音源による多大な魅力に比べ、remixやアレンジとは微々たる魅力に思える。
音楽は60年代に完成していたようにさえ思う。
様々なトラックで耳にする定番フレーズは、当時ブラジル・アンダーグラウンドでヒッソリと音となり、現代に芽生えた。
Forest Mighty Blackや、京都のA.Y.B Forceなどがremix。
http://jp.youtube.com/watch?v=VrMqah9kFRA
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by kodomoking | 2008-09-28 02:16 | Jazz

政策の正当性 + Mark Izu

勘違いしやすいのが、政策の善し悪しのみで全てが決まるという思い込み。

もちろん、国家であれ、企業であれ、チームであれ、取り巻く環境と、立ち居地と、方向性を吟味した上で、最善の政策が必要になるが。
曖昧にされているのは、その連動性ともいえる、「説得」の部分という気がしてならない。

例えば、
究極の顧客志向を突き詰め、完成させたとして。
チームでその方法を実践。
その変化にチームがついていけないならば、お客は離れるが必然だ。
下手をすると、「お客よりも、自分等の政策の方が大事か!」などと思われかねない。


どれほど料理人が気を使い、良い皿・良い味・良い盛り付けを意識したところで、
接客のアルバイトが適当に運び、雑に置けば、それは全て無意味。
洗い物のアルバイトが頻繁に皿を割るくらいならば、プラスチック製のお皿の方がましだ。




このことを感じたのは、「ゆとり教育」に関する報道だ。

ゆとり教育に関して然程、考えたこともなく、それが正しいことかも判別できないが。
実施され、様々な意見が交わされ、最終的に見直しされている。
このことに関して、一番思うことが。

「一体、どれほどの教育関係者がこの政策の意図を理解し、積極的に行動していたのか」
また「どれほどの説得力を持って、現場の人間に理解を得る努力をしたか」


政策の有無よりも、思いを伝え広めることの方が余程、重要度が高いと感じる。

リーダーが何かを考えても、個々の向きがバラバラでは、リーダー不在に等しい。





-Today Album-

Threading Time -Mark Izu
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高度にそして崇高に洗礼された文化同士は、音楽の中では互いを高めあい、有機的に融合する。バベルによって、言語は分断され、争いの絶えない世の中にも、共有できるツールは存在する。お互いの敬意と純粋な愛情無くしては生れない、傑作。
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by kodomoking | 2008-04-07 23:42 | Jazz