半端な言葉を書き殴る。


by kodomoking
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カテゴリ:rock( 13 )

Fake Plastic Trees -Radiohead

数年前からダウンジャケットが欲しくて。
今年こそは納得のいくダウンを探すぞ、と、意気込む。
予算は10万円まで。

休日を返上し、東京中をウロチョロ。
そして、ついに購入。


寝る間も惜しんで働いて、稼いだお金は新しいモノへと姿を変える日々。
更に欲しいものが現れ、お金にすがる。
このすがり付くお金がなくなると、私はどうなってしまうのだろうか。
モノが無くなると、私の喜びは無くなってしまうのだろうか。
そうやって、今日も機械のように早起き。

でも、何も無い頃の方が笑っていたような記憶が微かに残っている。


この休日とこのダウンに変わったお金があれば。
大切な人との特別な時間を過ごせたのに。
この仕事とこの付き合いを早くに切り上げていれば。
大切な人との特別な時間と過ごせたのに。
お金も、付き合いも、ストレスも、モノも、何も無い世界では。
大切な人と、自分と向き合っていられるのに。

大切なものを蔑ろにしたとしても、モノの溢れた世界に暮らしたい。
それも、現代に生れた私の本音。

大切な人とゆっくりとした時間を過ごすことができれば幸せなのに。
現代社会って、どこに向かってるんでしょうね?


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by kodomoking | 2008-10-26 23:08 | rock

Beck + 平凡

思春期とは何ぞや。
などととて、もちろんそんな時期も経過したのだろう。

平均的な進学校に通い、大局は見なくても良いから、とにかく与えられた宿題、目の前の受験のことを考えなさい。
・・・と言わんばかりの教育現場を目の当たりにし。
日々のアルバイトと夜遊びに励んでいた。


何故、勉強から、環境から逃げ出したのだろうか。
記憶を辿り、考えてみる。
最初に思いつくのは、言われた通りにせずとも、習うまでもなく、
自己流の勉強方と野望の存在が、誰に頼ることなく、短時間で成績を確保したこと。
それで、空いた時間でやりたいことがやれた。
いや、むしろ詰め込めば良い程度の学など空いた時間で済んだ。

なんて、     ・・・いつもその地点が答え(いいわけ)だったな。


それならば、アルバイトや夜遊びが「やりたいこと」だったわけだ。
というと、それはないな。

再度、記憶を辿り、深く深あく、考えることにした。



学生は問ふ。
果たして、現在取り組んでいるこの数学というものは、将来なんの役に立つというのか。
そもそも、僕等は世の中にとってなんの役に立っているのか。
消費と迷惑しか生み出さない僕等は、必要とされているのか。
いや、むしろ世の中の邪魔になっているのではないか。   ・・・なんてね。


当然、必要とされたかった。 
実力も経験もないが。 アルバイトでは居なくてはならないと言われる程度は頑張れた。 
彼女達は、それぞれの思惑あれど、僕を望んだ。


目の前にあるものが、数学であれ、英語であれ、アルバイトであれ、部活であれ、夜遊びであれ。
何某であろうとも、己が直として向き合い、解き詰めて、掘り下げていくならば。
数学も、英語も、アルバイトも、部活も、夜遊びも、己を形成する全ての要素が、リンクする時は必ず来る。

己の対比を己に持ち、技と恥を受け入れ。
万里より遙遠くまで精神を貫く覚悟。



心理学における人間の欲求の中に「自己の重要感」という、他に認められることで得られる欲求がある。

社会を覗けばすぐに解る。
「やれば良い」「やれば済む」なんて時代はすでに過去だ。
道を教える大人は多かれど、相手の欲求を満たしつつ、方向と視野を自信もって話す大人がこれから必須だと感じた。



-I'music Today-

Guero -Beck
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洋楽と邦楽。洋楽とは音楽好きのためのカテゴライズか?
日本は、便利とサービスと完璧主義的超技術に覆い尽くされ、平凡は平凡なまま、
踏み出す必要性も、踏み込む重要性もないまま時を解決する。
ヒットチャートの産んだ混沌と矛盾から抜け出せぬモノは、異文化を異様に感じるか。
芸や術は、平凡から自ら外れた面積で接する感動だ。
こんなpopが、平民を突き動かす、そんな世界だ。 洋楽の故郷は。
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by kodomoking | 2008-04-23 23:26 | rock

パッチギ + Belle & Sebastian

田舎の実家で「パッチギ」という映画を見たときの記憶。



家から出ると、夜空には大きな満月。 遠くから、巨大に連なった雲が少しずつ少しずつ迫ってくる。
月によって、充分と明るく照らされたこの世界の地べたには、街のちっこい街の光が一生懸命、無限の夜空に向かい存在を確かめているようにも見えた。

遠くの方から森がざわめき始め。
いつの間にか、僕は森のざわめきに囲まれていた。

月のみに照らされた人間の僕は、漆黒の暗がりから音を発する、風と森の存在に対して純粋な恐怖を覚えた。
その瞬間「パッチギ」が頭を過ぎった。


恐怖を捨てると、その壮大で未知の風景は快く僕を受け入れてくれた気がした。




家に戻ると、体は冷え切っていたが。心は、何故か温かかったと記憶している。

人類は背伸びし、見栄を張り。
長い時間をかけて、壮大な自然に挑み、表面上のみ制した気でいたのかもしれないな。
その痛みを知り、友に歩んでは生けないのだろうか。

全ての対立の「根源と汎用」がそこには存在する気がした。




The Life Pursuit -Belle & Sebastian
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只管に様々な音や表現を貪り、個々の意義を確認しても、そこに純粋な心地よ良いメロディがあれば、僕は幸せになる。そこに誰かの人生が消耗されても、僕に活力を生む。シンプルに動が動として伝わる。
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by kodomoking | 2008-03-17 11:33 | rock

John Frusciante + 用意ドン

横一列に並び、一斉にスタートすると、隣に走るライバルの走りが気になるものだが。
世の中、横一列に走ったりはしない。
進学校では他校の状況を気にし、飲食店は隣の飲み屋の売り上げを気にし、建築家は建築家の動向を気にする。

Ill-BosstinoというMCがいる。
Such A Good Feelingという曲の中で、「漱石の前ではちっぽけな少年」と詠っている。
また、以前アルバイトしていた飲食店の店長が、「ライバルはディズニーランド」と言っていたことに感銘を受けた記憶がある。

ラッパーである以上ラッパーが競争相手であり。飲食店は飲食店がライバルだ。
食うか食われるかの世界で、勝負している。

しかし、もし競争が目的ではなく、個々の大局的な意思があるのならば。
文章を書く上で、ライバルは過去の偉人達であり。思想を唱える上では、歴史上の偉人達を超える必要があり。人を楽しませる点において、ディズニーランドのエンタメは戦う意義があるように思う。

それぞれの立ち居地において、さらに細分化した役割を検討し続けると。
細分化された役割、その一つ一つにおいて偉大な先人等との対決になるのではないか。
隣の同業者と戦うのは、結果のみで良い気がしてならない。

直接的な数字と戦えば、仕事の外に魅力が出来てしまうが。
仕事の可能性を信じ、next level での意義を掲げて挑めるなら、仕事に誇りと楽しみができる。



John Frusciante -The Will To Death
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John Frusciante の活動は常に主義と手段を選択した上で突き詰めた型を披露してくれるartistであると思う。Red Hot Chili Peppers では現代のrock music における最前線を、映画音楽においては、庶民の心の奥にまで浸透した芸を、そして、このthe will to death では最高にせつなく、美しいものを見せてくれた。
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by kodomoking | 2008-02-26 16:35 | rock
『センゴク』という漫画を読んでいる。
講談社・ヤングマガジンに連載している漫画である。

詰まる所、武士やその戦を、ある程度歴史的背景・事実に沿った形で描かれた作品。
知名度は低いが、実在した仙石秀久が主人公。


作品中。
織田上総介信長が武士の本分に関して話す場面がある。

-武士の本分は失敗の折にこそみえる
  腹を切って責任を逃れるか、死線を超える生命力を持って失敗を上回る武功を成すか
   失敗を恐れ何も行動を起こさぬが悪
    そして、失敗の折にそれを隠し取り繕うことこそ極悪-


命を懸けて、己の全てをその瞬間に託した武士という時代。
現代の生活にとって、命を懸けることなんてそれほどなく、大袈裟な印象で。
しかし、そんなぬるま湯とも言える現代も武士の時代も。
命を爆発させること、そして、責任を結果として果たす型も、汎用的であるように感じる。

また、どんな時代であれ、本当に生命を燃やし、責任や圧力から逃れず向き合う者こそ。
目指す者だと感じる。



また、現代だからか、世の常か。
ぬるま湯な時代。

レベルの高いもの程、常にぬるま湯な環境は多かろうが。
そのぬるま湯を滾らせ、熱湯を自ら創り、熱湯に自ずから飛び込むことこそ、生命を燃やすことではないのかな。




Omar Rodriguez-Lopez -Calibration
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At The Drive-In においても、The Mars Volta においても、僕のイメージは「混沌」と「秩序」である。Omar の今作品を初め聴いた時。名作だなと感じた。というのも、「混沌」と「秩序」の創造に付け加え、個々の音や間が、モノゴトの森羅万象、文化、生命を想像させ、アーティストの意志を離れ、僕の中で新たな作品として根付いたような感覚なのだ。彼はrock、いや、音楽表現をある方向に極み、更なる進化を続けている様に感じる。
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by kodomoking | 2008-01-06 23:13 | rock

() + 具体

以前、TVを眺めていると、オーケストラが放送されており。
多くの楽器から成る演奏に心耽って。
音色やメロディ、組み合わせなんかだけで表現するなんて凄いことだよなぁ。なんて。そんな風なことを思っていると。

突然。 演奏の中に、風の音が挿入された。 具体的な風の音だった。
その瞬間、僕の中にあったアヤフヤなイメージは、一つのストーリーを創造した。

僕は興醒めして、チャンネルを変えた。



僕は昔から、具体的に、直接的に表現されるものを避ける傾向があるようで。
まるで僕等は皆、同じ様な事を考え、経験し、物思うのですよと語りかけてくる具体的な歌詞や、忠実な描写画、目的のハッキリしたデザイン等を特別好むことはなく。

例えば。
コラージュ作品の様な、直接的に連想させられる「人物」や「背景」など、具体的なものが貼り付けてある表現や。
トラック音楽の中に、「扉の開く音」や「水が滴る音」などが挿入されたインストものなども、興味がなかった。


「ギター」ならば、「ギター」で。 「バイオリン」なら「バイオリン」で。 「歌声」なら「歌声」で。
自分の六感全てによって感じたものを表現された形に魅かれていた。




しかし、最近。
僕は、適した時に、適した場所に、適した組み合わせを用いて選択された具体的な表現に魅かれている。 気がする。


以前ならば、 「DJはアーティストか?」と問われれば、「No」だった。 恐らく。
すでに存在するものを変化させたり、組合すことは「表現する」というカテゴリーにうまく分類できないと感じていた。
だが、今の考えでは、環境に応じて組み合わせること、自分の方向性に応じて選択することは立派な表現手段だと考えている。

クリエイティブな部分では、相変わらず半信半疑ではあるものの。
アーティストとしては、選択すること、表現を抽象的なものと具体的なものを組合すことなどは制作活動であり表現活動だ。





さて。
このことにおいて僕が考えることは。
ここに一曲の美しい音楽があるとして。 メロディーと音色以外のものは一切ないとして。
そこにタイトルを付ける事にする。
例えば『愛』。  個々が具体的なイメージを浮かべるタイトルが付くと、聴き手の中では一気に曲の印象が変化するのではないか?
例えば『絶望』。 ネガティブな思考が様々な美しい音色と結びつき、その美しさが皮肉となって心に突き刺さりはしないだろうか?

そこから、聴き手は作り手の意図を感じるわけであり。 もちろん、個々の背景を消化した上で。

その意図が見えにくいものを、以前の僕は「深い表現」とし、好んで追い求め。
意図が見えてしまうものを「浅い表現」として避けていた。



なぜ今、この「浅い表現」に興味を持った僕がいるかというと。
きっと、主張は誰かに伝わってこそ更なる展開を見せ、成長していくものだと認識した僕が存在するからだと考えている。





Sigur Rós -()
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Sigur Rósに関して何を知るわけでもないが、題を気分に応じて変化さすことで、捉え方は全く異なる。抽象画を連想さす様な方向性の果てを想像してみると、それはそれで面白いが、そこから振り返ってみると、具体的な何かに、ストレートな形にこそ面白みが在る気分にさせられる。
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by kodomoking | 2007-12-29 07:52 | rock

やりたいこと + subculture

自分のやりたいことはいったい何。
自分はどのようになりたいのか。
そして、やるべきことは。
やりたくないことは。



全ての人が、その概要はなんとなく理解し。 その詳細を明確に把握しているわけではない。 そう思う。

なんというか、妥協や怠惰から来る感情を、混雑して考える人が多い気がしている。
「苦手」だから嫌だとか、「辛い」からできないだとか。 例えば。




僕は、正直。
やりたいことが、とにかくありすぎてありすぎて。 混乱することがある。
だから、ここで整理しておこうと考えた。


まず。
資本主義社会に生まれ、今後も深く関わるならば、『ビジネス』というものには非常に興味がある。
しかし、『お金』というものには然程興味がなく。
思考を整理すると、人々が時間と情熱を懸けて、結果的にお金を発生させるビジネス活動自体に何かを感じている。
そして、その活動に求められるヒトになりたいと思う。


やりたいこと①
『人のためになり、人に求められるビジネス活動』


次に。
僕は、『subculture』の本質を理解しているわけではないが。
大衆に好まれる主流文化ではなく、個々が表現し創造する世界を非常に好む。
そういった意味で、subcultureを意識した生活をしたいと考える。
「オタクになりたい」だとか、「我の世界に没頭したい」ということではなく。
あくまで、自分自身の無我のベクトルを自己表現や好みを通して追求していきたいと思っている。

そこで、来年からの願望を記すると。

やりたいこと②
『自分らしいライフスタイル』

例えば、お洒落にいたくとも、金銭的な余裕がなければ、何かを犠牲にしないとお洒落は手に入らない。
そして、僕はそこまでしてお洒落を意識しなければ、人の目もまったく気にならない。

しかし、着たい服を着て。 聴きたい音楽を聴き。 思うことを表現すれば。
自ずと自らの姿や無我のベクトルを認識でき、新たな境地を見出せるのでは。 と考える。
僕は、今年までそういった面を疎かにしすぎていたことに気がついた。



やりたいこと③
『表現活動』

これまで、芸術文化を勝手気ままな考えで様々見てきた。
専門知識が欲しいわけでも、アーティストとして評価を欲しいわけでもない。
ただ、なんとなく、『勝手気ままに何かを創り、表現してみたい』という衝動にかられている。
僕は、『音楽や映像』の様な、連続し、dramaticな表現を特に好む。
ストーリー性のあるものや、日常的な連動を皮肉るもの、そういったものも好きだ。
しかし、これらの表現は、一つの作品に多大な時間と労力を費やす印象がある。
だから、『写真や絵』の様な、二次元的な表現や、『彫刻や陶芸』の様な三次元的な表現。
瞬間の表現から始めて見るのもありだろうと考えている。

まずは、自分にあった表現手段を模索しようと思う。 とにかく肌に合うものが良い。


やりたいこと④
『チームスポーツ』

僕はコレがとにかく大好きだ。
何でもいい。
『ビジネス』もチームワークだが。 仕事は仕事。
「お金も信用も」関係してくるため、とにかくシガラミは多い。
そして単純に身体を動かしていたい。



大まかには、この四つだろう。
そして、重視度数も①から順番にと考えている。

僕は、このやりたいこと、また、すべきことに対して、労力を惜しまないし。
その間の苦労や葛藤、悩み等に対しても寛容でいる覚悟だ。

『妥協や怠惰から来る感情』はもちろん僕にも存在する。

しかし、この感情に左右された場合。
全ての事象の影が表に飛び出し、何事もつまらなくなる。
最終的には自分自身の存在や可能性さえ怪しく感じてしまう。


『やりたいからやる』、『やりたいから乗り越えれる』  そんな単純な構図でいいと思う。





The Mars Volta -De-Loused In The Comatorium
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例えば、「Bob Marley & The Wailers」や「Jimi Hendrix」や「Nirvana」の様な、伝説を残す程の存在が昔々あったとして。僕等がリアルタイムでその音に触れた場合どれほどの感動であろうかと想像する。現代、伝説と成り得る音があるとすれば、最初に浮かぶだろう作品。一つの時代の完成形として表現され。一つの時代が始まることを連想する程。どの角度から聴いても、常人では到達できない完成度。
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by kodomoking | 2007-12-14 10:10 | rock

Dr. Feelgood + 発想

一般的に言われる『頭が良い』ことってのは。

「1+1=2だよ」って教えてあげると。
「ということは3+3=9で、15+11=26なんだ」 と。
理解が早く。 応用力があることを言う気がしている今日この頃だ。

事実、インテリなんて言われる部類の人間に、非常にこのタイプは多い。

一つの素材を与えると、あっという間に実践レベルまで理解を深めてしまう。
その上、真面目で素直ってなもんで、有名大学に求人が集中するはずだ。




理解力の早さや、応用力は何事においても、非常に重要ではあるが。

本当に重要なのは。
「1+1=2だよ」と教えられたとき。
「なぜ、1+1=2なんだ??」という、本質的疑問だと、俺は思っている。


だから。
俺の言う『頭が良い』は。
「1+1=2だよ」に対して。
「ん? 何でだろう?  あぁ、ということは、3×3=9で、√4=2か。」
という、発想力。


ここ最近、新卒向けの研修等で、高学歴の面々と触れ合い。
大体の思考回路を把握し。
ならば、少しアプローチの方向性を変え、思考プロセスを弄ってみると。
回転が間に合わないことや、簡単に注目を集めれることに気がついた。


もちろん、経験に勝る発想はなかなか難しいものだし。
発見も一時をすぎると前提に変わるわけだが。



異なる環境に初めて飛び込んだその瞬間に。
「1+1=2なのは何でだろう?」と。
前提を疑う、面倒臭い思考プロセスを持つ人材は非常に少数だということがわかった。



俺は勝負がしたくて環境を変えることが多いが。
今回もまた、期待はずれの環境かもしれない、なんて不安が沸々と湧いてくる発見。




付け加えておくと。
「なぜそうなるか」といった疑問は極めて学問的思考プロセスに近似され。
有名大学に対する膨大な求人は、この点からだろうと推測していたが。
現在、必ずしもそうではないといった現実のようだ。









■Dr. Feelgood -Down By The Jetty
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様々な表現が出揃っても、Rock'n'Rollは死んでいないし、シンプルなカッティングでも、古臭さなど微塵もない。Punkを産み落とした歴史性なんか注目しなくとも、隙間市場を生きる器用さなんかじゃない、王道の魅力が必然的に歴史を創る。
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by kodomoking | 2007-12-01 03:33 | rock
近年、アジア諸国の経済活動は先進国を脅かす勢いがあるようだ。

うちの会社の会長も、
アジア諸国の若者の欲と熱気は、日本のそれを大きく上回っていると言っていた。


欲も、熱気も、成長の余地も、資源も、人材の量も、全てが上回っているアジア諸国に、
すでに飽和状態となった日本は、追い抜かれ、出し抜かれる未来しか残されていないのだろうか。



結論はNoだと考えている。


例えば中国。
工場が活発化すれば、周辺地域は汚染され、
一部が稼げば、一部は稼げなくなり、道を譲らず、席を譲らず、
欲しいもののために、蹴落とし、俺は、俺は、と競り合っている社会。

コレは想像か。  いや、ウソではない現実。

例えば日本。
競争の社会は、親父たちの代が乗り越えた。
俺等は会った奴とすぐに仲間になれる。 欲しいものは手に入る。

この社会は、すでにワンランク上の環境だ。  良くも悪くも。



だから、
努力は虚しく。 がんばりの先に何があるか見えにくい。
また、競り合い、蹴落としあいの、環境に戻りたがる。
そして、モノに溢れた分だけ、自分より低い高さを基準とし、責任を逃れ、自分のことだけ考える。
未来は薄暗く、不安に覆われている様に感じる。

そんな傾向。


いよいよ、追い抜かれ、灰になる未来は迫っている。



ならば、俺等がすべきことはなんだ。
モノが溢れ、生への執着心は薄れ。
努力なくしても、食・職にありつける世界。

ならば、もう一歩上を見よう。

生きることも、生活することも、それほどのハードルでなくなった。

ココロに余裕を持ち、他人を思いやり、仕事に精を出し、幸せを掴み、幸せを広げる。
そんな人間になるべきだ。



俺等が、目指すべきは、
お金はあるが、他人を訴えたり、殺したり、地球を犯し続ける『米』ではなく。

多少、お金がなくても、他人を敬い、幸せに暮らす『欧』だと思うんだ。



いや、俺等は、
この環境で、世界No1の経済発展を遂げたチームだ。
力はある。

本当の幸せを、幸せな社会を、成熟した世界を作り上げるのは、
俺等の世代の課題、いや、義務だ。

道を譲ろう。 手を差し伸べよう。 全力で走りながら周りを見よう。 本気で大切にしよう。 信じよう。



下ばかし見て、楽してる暇じゃないぜ。



地球を破壊してる暇じゃないぜ。



他人を羨ましがってる暇じゃないぜ。



不安を感じてる暇じゃないぜ。



自分の命絶ってる暇じゃないぜ。





ここまで登った両親の世代、矛盾だらけ。
穴あきだらけの世の中、全て背負う、俺達の世代。


やっぱり、無駄じゃないから、努力しようや。


Thee Michelle Gun Elephant -cult grass stars
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Thee Michelle Gun Elephant -ギヤ・ブルーズ
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Dr. Feelgood -Down by the Jetty
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by kodomoking | 2007-10-06 05:56 | rock

Pioneer + Hendrix

松本人志がなんやかんや の 続きでも書く。


世の中にPioneerっつーモノ凄げぇ奴が極稀におるやろ。
考えたことあるかいな。

切り開いていった新たな場所に立つと、
最早、標準になる。



The Beatles も Jimi Hendrix も
今聴けば、まぁイイけど。
当時は、モノ凄げぇだろ。


現在。
どの分野をとっても、
「やり尽くした」 とか 「開拓され尽くした」 とか言うね。
言う。


俺も思う。
今 立つこの場所は、開拓された場所。
見渡して、見えるモノゴトは、存在するものと存在するものの組み合わせにすぎん。
気がする。




「遺書」より、

『唯一、残された笑いのパターンは、数年後にはこのダウンタウン様が食い尽くしてしまうだろう。
 そして、草木一本も生えていない状態で、次の世代へとバトンタッチする。
 少し可愛そうな気もするが、仕方がないだろう。
 それが遅れてきた世代の宿命なのだから。』



モノ真剣につくっとる人間は、
頭ん中のモヤモヤとあるもんを 何らかの表現を模索し、形にする人。
世の中に存在する表現を使い 何らかの主張を、形にする人。

前者の表現者は、芸術家、新たな表現を開拓する。
後者の表現者は、カリスマ、人々の心を一歩先へ導く。


そして、松本人志は、後者。
俺の中では。

笑いという、分野に混在する様々な要素を、
彼の主張の元に再編集している。
俺の中では、そんな印象だ。



しかし、上記の言葉から、
彼は前者になりたがっている様に思える。

笑いの可能性を全て切り開いて行く開拓者。
彼はカリスマではなく、芸術家になりたい。



また、
彼の言う様に、
開拓された場所に立つことが、遅れてきた奴の宿命。
彼もまた、この葛藤の中、笑いと戦い続けたのだろう。

それは絶望なのだろうか。
前進から意味を奪うものだろうか。


俺の考える、理想の人間関係が、これから先の世界にも、存在するならば、
それは、希望だ。




先輩を超えるから後輩。
親を超えるから子。
祖先を超えるから子孫。
だ。

そこから始めることのできるAdvantage。
だ。



混在するものを、再編集し、更なる価値を見出し、そして、新たな世界を切り開く。


人類の歩むべき、そして、歩続けた『道』ではないだろうか。





僕等にできることは、
カリスマに導かれることでなく。
彼が示した世界の広さを、さらに拡張すること。

芸術家が表現したものを理解することでなく。
混在する表現を再編集し、可能性を引き出すこと。


草木一本生えていない場所に立たされる、遅れてきた奴等のために。
出来るだけ前進し、辿った道を広げることだと。
俺は思う。


The Beatles -Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band
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Jimi Hendrix -ARE YOU EXPERIENCED
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Hi-STANDARD -MAKING THE ROAD
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by kodomoking | 2007-09-01 04:07 | rock