半端な言葉を書き殴る。


by kodomoking
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<   2007年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

前回の続きでも記する。


言わんとする所を忘れたので、改めて記する。




もののけ姫 と ゲド戦記で何が一番明暗を分けたか。 俺の中で。
それは、選択した戦の土俵の違いだと思う。


どちらも、何か思う所が有。  伝えたいメッセージの様なものが有。
表現したいものが有。  勝負をしたのだと思ふ。

しかし、
「アニメ」 という土俵は同じだ。



両者において、どの様な環境、チーム、考え、作戦、方向性、表現を練り上げても、
結局、最終的な落しどころ、
この場合は、『アニメーション』、での勝負ができなければ、
その点で、研ぎ澄ませなければ、
全ての苦労、努力の意味は無。  それに等しい。

と、俺は思うのだ。




玄人向け・素人向け。  若い人向け・中高年向け。
深い表現・浅い表現。  明るい・暗い。  解りやすい・にくい。

なんでもいい。


宮崎駿は、考えの表現、まとめ方がうまい。  以上に、アニメーションのprofessional。





俺は基本的に、ヴィジュアル系という奴等が、苦手だ。

俺の理解が及ばないためかも知れない。
確かに、「音楽に視覚の刺激もプラスした」というのは、新しかったのかもしれんかもしれん。

ただし、彼等の勝負の土俵は、『音楽』だろう。
彼等はパフォーマーのプロという意識なのだろうか?
それでも、やはり、音楽の勝負は必要だろう。




そういった理由で、俺は、「オレンジレンジ」も「ラルク」も「クレバ」も。
どうしても好きになれん。

彼等をヴィジュアル系なんて言ったら、俺は敵を増やすのかな。

まぁ、言われても仕方ない。  
そして、本人等も、その辺の非難は覚悟の上のスタンスのはずだ。




それほど、一点勝負のprofessional志向という生き方は難しく。 一般人には理解し難い。
らしい。

俺も、そのパンピーだろ。



しかし、魅了されるモノは必ずそうだ。



話しは、少し戻って。

Kiss や New York Dolls や Iggy Pop こそ真の、そして元祖visial系と言う音のプロではないだろうか。



Kiss -Dressed to Kill
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New York Dolls -New York Dolls
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Iggy Pop and The Stooges -The Stooges
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by kodomoking | 2007-09-28 02:19 | etc

ゲド戦記 + professional

今日は『宮崎駿』 と 『職』 について何か書こうと思う。


さてさて、
最近、スタジオジブリの『ゲド戦記』を拝見しまして。

詳しい内容は見ればいいし、感想も個々それぞれだろうから、
今回は搾って記しよう。




まず、簡潔に感想を述べるなら、「つまらなかった。」の一言に尽きる。

ストーリー、キャラクター設定、バックグラウンド、オチ、音楽、声優・・・etc。
原因を挙げればキリがなか。


ので、「アニメーション」 と 「演出」 という二点に搾って説明したい。



話しは変わるが、

料理屋で、
メチャクチャ美味しい飯が、メチャクチャ良いタイミングで、メチャクチャ綺麗な盛り付けで。
テーブルに出てきたらどうだろうか。

きっと、魅かれるだろう。



もし、全てが整った中で、肝心の飯がまずかったら?
もし、腹いっぱいになった状態で、メインデッシュが出てきたら?



ゲド戦記にいえるのは正にその様なところだろ。


コンセプト・テーマは面白い。
共感 や 考えさせられる部分はいくつか存在する。

しかし、肝心のアニメーションがズタボロ。(特に、終盤)
ジブリからの映画作品として世の中に排出するには完成度が低すぎる様だ。



俺の大好きな、『もののけ姫』と比べれば一目瞭然だろ。



例えば、
せっかくのカッコいいキャラも、馬とのバランスが悪ければ、非常にかっこ悪い。
例えば、
せっかくの重要度の高い場面も、それまでがゼロなら昇ってもゼロだ。


そして、
最も気になる点が、

アニメとは、「バックの動かない背景」 と 「動くアニメーション」から出来ている。 と思うが。

その境界線が曖昧になればなるほど、完成度の高いアニメだと思う。



もののけ姫はその境界が極めて曖昧な作品だ。 と思う。
ゲド戦記は極めてハッキリしたアニメだ。

次に動く背景がわかるから、次の展開もわかる。

アニメーションのプロとしては最低レベルの心使いではないだろうか。 と思う。





どうやら、『ゲド戦記』 は宮崎駿の長男、宮崎五郎の初監督作品の様だ。
何も全否定しているわけではない。

ただ、アニメ作品として。  ジブリ作品として。

その他の作品のクオリティーに到底及ぶものではない。 と言いたい。 わけだ。


もののけ姫を見てみよう。
話しの内容、キャラ、演出・・・などは置いて見ても。
1カット毎のアニメーションだけで、感動し楽しめるじゃないか。



そう、どんなに、
雰囲気が良くて、接客が良くて、気配りが良い料理屋でも、
飯が不味けりゃ、話しにならんわけだ。






だから、
アニメを作る上で、
どんなにリーダーシップが優れていても、発想が突き抜けていても、
アニメーションを最高値まで上げれなければ、結局は、努力も無駄。


ゲド戦記になくて、もののけ姫にあるもの。

一枚一枚のアニメに賭けた、プライドとこだわり。
アニメーターとしての日本屈指のプロフェッショナルが、宮崎駿にはある。 気がした。


最後に、ゲド戦記に関して、「スタジオジブリにしては・・・」という言葉を付け足しておこう。


話しが長くなった。
続きは、そのうち書く。





もののけ姫
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ゲド戦記
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by kodomoking | 2007-09-22 07:10 | etc

自分のこと + 他人のこと

俺は常に前を向き走り続ける男だ。
後ろも向かんし。
道に迷うこともねぇ。


俺は頻繁に、「自意識過剰」 だと言われる。
「頑固」 だと言われる。
「自信家」 だと言われる。


そうかもしれんと自分でも思う。


ただし、
自分の考えが必ず正しいとは思っていない。
何度も何度も何度も何度も、
考えて考えて考えて考えて、
出てくる答えだ。
表情だ。

そこらに転がる意志なき答えに覆されることは絶対ないが、
それを超える経験や、知識、深い所からくる答えであれば、素直に従う。
立場の関係上、他人の選ぶ答えであっても、深入りはしない。


例えるなら、
俺はすでに、この歳で、運動場を4・5週目に入っている。
だから、何歳だろうが、1・2週目で終わってる奴になんと言われようが、なんとも思わん。
後ろを振り返って、俺がいたからホッとして、偉そうに意見たれるんだろう。
お前とは、すでに4週差だ。

勝手にほざいて、その辺の真理で留まってればいい。



ムカつく人も多いだろ。
俺は頻繁にムカつかれる。
頻繁に見下してると言われる。
上から目線と。


なんと言われようが、俺の周りの人間だけは、必ず、3・4週目までは走らせる。
嫌われようが、ムカつかれようが、ウザがられようが。
尻を叩き、引きずってでも、走らせる。

3週目くらいには少しずつわかってくる。



その後、
そいつが、
休もうが、リタイアしようが、応援にまわろうが、引き返そうが、文句言おうが、疲れてしまおうが、
俺は知ったこっちゃない。
選択権は俺になし。


4週目からは、そいつの意志次第だろ。

1・2週目の奴等を利用するもよし。
そこに戻るもよし。
奴等を走らせるも、絶望させるも、簡単なことだ。




俺は、死ぬまでに、40週は走る男だ。


そして、
死ぬまでに、俺のそばを走る人間が10人いればいいなと思ってる。



その他は、過去の人になるだろう。  それでいいとも思ってる。







だから、
目の前のことから逃げ出すような奴。
全てを見ながら、考えながら答えの出せない奴。
責任感の薄い、やれば許させえると考えとる奴。
すぐに自信を失う程度の努力しかできん奴。
人を羨ましむ奴。

そんな人間に何を言われても、俺は全くぶれんぞ。



嫌われて結構。
俺は、
俺の頭脳は、近い将来には、世界の隅々まで届くぞ。


ついてこれん、ガス欠野郎共は、立ち止まって文句言ってりゃいい。
誰が、真の世の中のためになるやつかって、必ずわかるときが来る。
解ったときには、お前の人生はもう終わってるわけだから。
それが、甘え甘えで生きてきた、奴の最後だろうけどね。



ムカつくならば、
俺を嫌いなら、
理解に苦しむなら、
そこまで走れっつーの。 みんなね。


1週目で終わる奴等が多すぎんだよ、この社会は。
悲しいが、そんな社会だ。




Mr Children -Kind Of Love
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吉井和哉 -39108
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THA BLUE HARB -STILLING,STILL DREAMING
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by kodomoking | 2007-09-13 18:54 | J-music

sp自論mix

今日はいいことがあった。
そういう日は自信が湧いてくる。

だから、今日は少年だった頃から考えて来て、大分、まとまりつつある、自論を語る。



マクロ 【macro】-巨大であること。また,巨視的であること。
ミクロ 【micro】-非常に小さいこと。微小。また,微視的であること。


そう、
例えば、
J-pop は macro。
underground は micro。


例えば、
西洋文化 は macro。
日本文化 は micro。


例えば、
理系 は macro。
文型 は micro。


そして、この考え方自体は『マクロ式』だ。



なにが?

理屈はこう。

J-popは誰彼構わず届くだろ。 undergroundはあんた一人選ぶだろ。

西洋文化はモノゴトを単純化すんだろ。 日本文化はたったコレだけのことにこだわるだろ。

理系ってのは一般論を考えるだろ。 文型ってのは細部を大事にするだろ。



無理やり?

そう、マクロ式だからね。




大事なのはここじゃねぇ。




マクロ式でことを述べるならば、
文型って、社会に出ると、マクロな仕事をするよね。  一般的に。
営業とか、コンサルなんかね。  言うなら、ミクロをさせる側にね。

んで、理系って、ミクロな仕事しますよね。 技術職とかね。

なんでなんだろうね。
この逆方程式は、最早、崩れつつあるけどね。 それも、なんでなんだろうね?



アメリカ人って、Yes・Noハッキリしとるイメージあるよね。
白と黒の間には何色があるのかな?
対して、日本人は灰色があるね。 うじうじしてるって。 それは、悪いことではねぇよ。



昔はね。 一般化できる脳みそが頭のイイことだと思ってたんだ。

だから、macro側を選んだ。 元々、数学は得意だったしね。
一つのことで、様々な応用が利くからね。

俺は、百個覚えて百点より。
一個覚えて、百個考える方が楽だったしね。


でも、高校生にもなると、一般的っつー考え方がとにかく嫌いになった。

例えば、
『若者はだらしない。』 かもしれん。 でも、メチャクチャがんばりよぉ奴はおる。 若くても。
例えば、
『北朝鮮は悪党。』 かもしれん。 でも、俺等と同じ人間がメチャメチャ暮らしとる。 苦しくても。
例えば、
『あの辺に住んでる奴は汚い。』 かもしれん。 でも、俺がそこ出身者だったらどーよ。 俺は。



怖くない?
俺は、少なくとも、一般化したときに必ず現れる「例外」のリアルを考えて、震えた。
この例外を無視したとき、俺は下らん人間になる。 そして、そんな奴等はゲスだと考えた。



じゃあどーすんよ。

macro から microに行けばいい。
micro から macroになればいい。   そんだけ。  少なくとも俺はね。



形は問わない。
型はなんでもかまわない。

macroがmacroである以上、心の奥底に届くことはあり得ない。
microがmicroである以上、世の中から居場所はなくなるばかりだろ。


マクロからミクロ。ミクロからマクロ。
全てを把握できない奴等は半端に人を影響すべきではない。
ヘタレが伝染するからね。

この変化には、それだけの高い壁がある。



KREVA の影響力は認めるし、嫌うこともない。
だが、彼が彼のまま根を広げるだけならば、俺の心には何年たっても一瞬たりとも届くことはないな。

俺は地球の核を目指しとる。

本気で、自分と、今を見据え、音楽と戦わない限り、
根を深く下ろさない限り、
俺の中で、彼は、Tha Blue Herb に並ぶことはない。



そう、俺は一般的なものを疑う。
そこには必ず例外があるからね。

そう、俺は一般的な考えを嫌う。
でも俺は一般的にモノゴトを考える。

そして、さらに一歩を踏み出し、その一個一個を見つめる。
マクロとミクロの噛み合う時、その考えが、きっと唯一の正解だと信じている。

そのプレッシャーを抱えて生きる。



また、半端な形で記述し終える。



THA BLUE HERB -LIFE STORY
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KREVA -くればいいのに feat.草野マサムネ from SPITZ
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by kodomoking | 2007-09-08 06:56 | core
真心ブラザーズ。
俺の大好きなバンドなんだ。



なんというか。
いや、なんと言うか。


坂口安吾 と 俺ってどこが違うのだろうか。
Bill Gates と 俺ってどこが違うのだろうか。
本田宗一郎 と 俺ってどこが違うのだろうか。
Kurt Cobain と 俺ってどこが違うのだろうか。
Andy Warhol と 俺ってどこが違うのだろうか。
Salvador Dalí と 俺ってどこが違うのだろうか。

John Lennon と、俺って何が違うの?




俺は。
もっともっと若かった頃の話。

TVに映る、俳優とか。モデルとか。
東京の人とか。NYの人とか。
足が速い学校のHEROとか。顔のちいちゃいクラスのマドンナとか。

俺はね。
別次元の人間の様な気がしていた。



自分がどう足掻こうが、近づけやせん。 そんな感じで。
俺は無責任にそんな人達を見とった。

所詮、俺は一般ピープル。
奴等は特別な人間だ。 と。




ママの買い物の付き合いで、車に乗ってた、普通の中学生の俺は、
ラジオから流れてきた音楽に耳を疑った。

到底、美人のねぇちゃんからモテそうもない。
俺でも歌えそうな、YO-KINGのガラガラ声で唄い上げた歌。

『拝啓、John Lennon
 僕もあなたも大して変わりはしない
 そんな気持ちであなたを見ていたい どんな人でも僕と大差はないのさ
 拝啓、John Lennon
 そんな気持ちで世界を見ていたい』  と。



そこそこにしか売れないおっさんが、何ほざいている?
GLAYやラルクが言うならまだしも。

そうも、思った。





今、思う。

そんな気持ちで世界を見ていたいって。




俺は John Lennon がオモイ、背負ったモノを同じ様に背負っていたい。
天才と一般人かもしれんが、
俺もJohn Lennonも、同じ人間だと。


俺が俺であることから逃げ出さなければ、
俺も、John Lennonも、YO-KINGも、同じ特別な人間だろ。



俺はヘボすぎて、逃げ出したくなる。
俺はシャバすぎて、後ろ向きたくなる。

でも、意地でも踏ん張って、前向いとってやる。  クソが。  てね。







そして、
カッコ良さ気な、ようわからん音楽が愛される時代に、
真心ブラザーズの様な。
クソほどもカッコよくない、最高にカッケー音楽が根強く愛されとる。

そんな日本はまだまだ死んでねぇ。
そんな世界はまだまだ光っとる。


そんな気にさせられる。 気がする。
ありがとう。


真心ブラザーズ -拝啓、ジョン・レノン
http://jp.youtube.com/watch?v=WSp5Y_4QYiM&mode=related&search=
真心ブラザーズ -明日はどっちだ!
http://jp.youtube.com/watch?v=tEOEIxYDswU&mode=related&search=
YO-KING -Hey! みんな元気かい?
http://jp.youtube.com/watch?v=T1xPVLo3U1c&NR=1


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by kodomoking | 2007-09-05 04:31 | J-music

Pioneer + Hendrix

松本人志がなんやかんや の 続きでも書く。


世の中にPioneerっつーモノ凄げぇ奴が極稀におるやろ。
考えたことあるかいな。

切り開いていった新たな場所に立つと、
最早、標準になる。



The Beatles も Jimi Hendrix も
今聴けば、まぁイイけど。
当時は、モノ凄げぇだろ。


現在。
どの分野をとっても、
「やり尽くした」 とか 「開拓され尽くした」 とか言うね。
言う。


俺も思う。
今 立つこの場所は、開拓された場所。
見渡して、見えるモノゴトは、存在するものと存在するものの組み合わせにすぎん。
気がする。




「遺書」より、

『唯一、残された笑いのパターンは、数年後にはこのダウンタウン様が食い尽くしてしまうだろう。
 そして、草木一本も生えていない状態で、次の世代へとバトンタッチする。
 少し可愛そうな気もするが、仕方がないだろう。
 それが遅れてきた世代の宿命なのだから。』



モノ真剣につくっとる人間は、
頭ん中のモヤモヤとあるもんを 何らかの表現を模索し、形にする人。
世の中に存在する表現を使い 何らかの主張を、形にする人。

前者の表現者は、芸術家、新たな表現を開拓する。
後者の表現者は、カリスマ、人々の心を一歩先へ導く。


そして、松本人志は、後者。
俺の中では。

笑いという、分野に混在する様々な要素を、
彼の主張の元に再編集している。
俺の中では、そんな印象だ。



しかし、上記の言葉から、
彼は前者になりたがっている様に思える。

笑いの可能性を全て切り開いて行く開拓者。
彼はカリスマではなく、芸術家になりたい。



また、
彼の言う様に、
開拓された場所に立つことが、遅れてきた奴の宿命。
彼もまた、この葛藤の中、笑いと戦い続けたのだろう。

それは絶望なのだろうか。
前進から意味を奪うものだろうか。


俺の考える、理想の人間関係が、これから先の世界にも、存在するならば、
それは、希望だ。




先輩を超えるから後輩。
親を超えるから子。
祖先を超えるから子孫。
だ。

そこから始めることのできるAdvantage。
だ。



混在するものを、再編集し、更なる価値を見出し、そして、新たな世界を切り開く。


人類の歩むべき、そして、歩続けた『道』ではないだろうか。





僕等にできることは、
カリスマに導かれることでなく。
彼が示した世界の広さを、さらに拡張すること。

芸術家が表現したものを理解することでなく。
混在する表現を再編集し、可能性を引き出すこと。


草木一本生えていない場所に立たされる、遅れてきた奴等のために。
出来るだけ前進し、辿った道を広げることだと。
俺は思う。


The Beatles -Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band
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Jimi Hendrix -ARE YOU EXPERIENCED
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Hi-STANDARD -MAKING THE ROAD
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by kodomoking | 2007-09-01 04:07 | rock