半端な言葉を書き殴る。


by kodomoking
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写真の様に、一瞬の切り抜きだけで幸せが計れるのならば、
きっと、社会は今とは違う形になっていたと思う。

子供の頃の、親の愛情の中での、懐かしく暖かい記憶。
思春期には、バランスなど考えもせず、ただ只管にバカをやった記憶。
そして、可愛くて綺麗で未知の世界だった、当時の彼女への甘酸っぱい恋の記憶。
学生の頃には、魅かれるものに、情熱を燃やし、キラキラと輝かしい努力と友の記憶。

今が辛ければ辛いほど、
うまく行かないほど、
過去は輝かしく、幸せが山ほど詰まったものに思えて来る。


しかし、現実では、
時は止まることなく進み。年を重ねる。
いつの間にか、自分一人の2本の足で立ち、歩み、目で見て、脳で考えて判断しなければならない。
そんな年齢と環境は必ず訪れる。
時は待たず、流れ続ける。


誰しもが、家族のそばに居たい。好きな人のそばに居たい。気の合う友に囲まれたい。

良いと悪いの判断に。
過去やその瞬間を判断基準にする人は多かれど。
「責任感」と「目的意識」すなわち「未来までの幸せ」を意識できる人にならねばならぬ。

もうガキではなく。
自分を見つめ、自分で解決すること。
もし、足りないなら、焦って学び、体得すること。
時は流れてゆくもの、環境は慌しく変化してゆくもの。
脳みそだけで、時を過ごすならば、過去を越える幸せは、もうないかもしれない。

今と、未来が幸せであり、後悔しないため。
歩を重ねる以外に、人生を成り立たせるものはないと思う。


どれほど偉い人も、どれほど頭の良い人も、
世の中で、コントロールできるものは、唯一自分自身。
自分を諦めたら、ゴミくずと同等。
きっと、誰からも興味をもたれない、主張もできないモノになってしまう。


秋葉原での事件は、事件自体も、社会の背景も、世の中の一般的な受け止め方も、
私には悲しすぎる事件であった。
自分で自分を蔑むような、諦めるようなことがあるならば、それほど、悲しいことはなく。
諦めから産れるものなど、イラナイものだけだ。


世の中、半人前にもなれない、バカタレが増殖してしまったように思う。
モノが溢れ、生きることが容易くなった影響か。
人は、自立を受け入れない選択肢を持ったのか。





コレまで私を支えてくれた人々、今現在、私を支えてくれている人々、
そんな仲間達とともに、時を乗り越えて、成長していくことこそ、私の幸せだと思う。

私の友が、自分の可能性を、社会にすり減らされることのないように、
精一杯、可能性を広げ、努力を惜しまない、人間であり続けたい。



意見があるならば、主張したいならば、
自分で立ち、行動する以外に、方法はない。
迷惑をかけることは、社会の中で価値を下げることだ。
資本主義だろうが、教育システムが問題だろうが、尊敬されようが、軽蔑されようが、



この世に、我として産れた事実は、
我の中に、我の世界のみを持つことを自覚すべき。
羨んでも、哀れんでも、世の中とは、すなわち、我自身のことを指している。



Absence -Dälek
b0117667_513763.jpg

http://jp.youtube.com/watch?v=i789TMw49rE&feature=related
文化が血となり、個として表現するのみ。
消化された文化は重なり。
ジャンルの垣根は少しづつ淘汰されてゆく。
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by kodomoking | 2008-06-15 05:24 | hip hop